週刊はらえり

ぽんこつエッセイ世界へ羽ばたけ

アコーディオンのように笑ってはいけない

三連休、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
連休を通して快晴でしたし、今年はなんといっても暖冬だそうですので、最高の行楽日和でしたね。

私はといえば、連休中日なんかは、
パジャマのまま14時間恋愛ドラマを見続けるという快晴の無駄遣いをしたわけですが、非常に有意義な時間でした。

14時間かけて観たのは、フジテレビで2013年に放送された「ラストシンデレラ」という、23歳時の三浦春馬を愛でるためにあるドラマ。
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三浦くんの役柄としては、夢を追うボンボンでヒモ系男子。

特に素晴らしかったのが第1話の舌を出すシーン。
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もうこれは、歴史に残るワンシーンというか、アインシュタインついに超えたなと思わせる衝撃のアッカンベーショットなのでありました。色気ありすぎる。
23歳時の彼の瑞々しさを引き出してくれた番組スタッフには、ノーベル平和賞をあげたいくらいです。それくらい、27歳の心に平穏をもたらしてくれた作品。当時も視聴率がよかったドラマだそうですが、改めて皆様にぜひ観てほしい。


主演の篠原涼子さんもよかった。
昨年のドラマ「オトナ女子」での恋に仕事に奮闘する姿も素敵なものがありましたが、
「ラストシンデレラ」でも10年彼氏なしでオヤジ化し始めたアラフォー女性を体当たりで演じてらして、ありのままで自然体でいれば三浦春馬くんや藤木直人さんのような素敵な男性と最後には結ばれるなんてこともあるのかな、なんてワクワクさせてくれた。


しかし、ここでやはり肝に銘じておかなければならないのは、ありのままを履き違えないことである。ありのままにも、作法がある。
私はよくプロント(カフェ)でパソコンを叩いていることが多いのだが、作法を知らない独身女性をよくお見受けする。(ま、私も28歳を目前にして彼氏なし独身なので、どこまで私の口から言えることなのかというところもあるのですが、それを言ったらオシマイなので続ける。)

例えば、アコーディオンみたいに笑う女
スタンダートな笑い方としては、息を吐くと同時に笑い声を発するというものがあると思う。
息を吸うタイミングで音を発してしまうのが所謂「引き笑い」であり、明石家さんまさんみたいなのが典型例。
私が目撃したのは、まさにアコーディオンのように、息を吸う時も吐く時も同じボリュームの同じ笑い声を発する女性である。説明するのが難しいのだが、「バファファファファ」みたいなすごく重層的で奥行きのある、馬のような古い楽器のような笑い方なのである。伝わっているだろうか。しかも結構な音量だったので、私も神経質かもしれないが、店を出るに至った。
無論、彼女に薬指に指輪はない。

笑い方というのは、矯正できるものなのかわからないが、
控えめにすることぐらいできるのではないだろうか。
指摘してくれる人がいないと難しいかもしれないが。
私も、たまにテンションが上がってしまったりすると、大げさに甲高い声で笑ってしまうことがあるので、それは控えるようにしている。実は、姉も同じ笑い方をするので、それで気付けたことが幸いであった。


もう一つの例でいうと、
私の隣の隣のテーブルで向かい合って座った二人組の割と小綺麗な女性二人組。
指輪なし。32歳くらいだろうか。
まず一方の女性がおもむろにカバンをテーブルの上に乗せる。
それを、もう一人のちょっと気が強そうな女性が、「テーブルにかばんを置くのはよくないな。上品じゃない。こはんを置くところだもの」と注意する。もう一人の女性は、「さすが〜勉強になりま〜す」などと言ってカバンを下げる。すると、二人ともカバンを隣のテーブルの椅子の上に乗せて、二人で4席分を占領し始めたのである。まぁまぁ混んでいる店内である。

シンプルに一言申し上げたいのは、「プロントレベルのカフェで上品だの下品だの持ち出す前にお前らが気をつけた方がいいことがざっと50くらいある」ということである。(プロントさんごめんなさい)
この例でいうと、私は育ちがいいのよ、上品なのよ、という自己表現が間違った形で表出している。


「ラストシンデレラ」の篠原涼子は、ズボラだし洒落っ気もないが、
人を疑うことを知らず、心が綺麗で、一本気で、バカ正直であるという役柄だった。
その長所が短所を差し引いても余りあったので、ありのままで愛されたのである。


ディズニーやドラマで推奨されているような「ありのまま」の定義は難しい。
だが、少なくとも、アコーディオンのように大声で笑ったり、ましてや2人で4席分占領することではないことは確かである。
ちょっと2個目は具体例として適していないかもしれないが、
要は、「人に迷惑を掛けない・人を不快にしない範囲内において、
主にどんな人生を創造するか(自分をどう表現するか)において、
あるがままにする。」ということが大事だ。


2016年はありのままでいきたい。